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NCU-KU-TokyoTech Joint Student Seminarに参加して
人間環境システム専攻(准教授)
盛川 仁
台湾国立中央大学防災研究センターと東京工業大学都市地震工学センターは平成17年にセンター間協定を結びました。それ以来,共同研究や,遠隔講義の相互配信などを含む教育の両面から互いに密接な交流を続けています。その結果,平成20年度には,授業料免除を含む全学協定にまで拡大され,より密接な学生間の交流が可能な環境が整ってきています。
平成19年度に終了した21世紀COEでは,両大学の学生間の交流を深めるとともに他大学の学生との交流を深め,かつ,学生が英語による研究発表を行う機会を持つことを目的として,平成17年より台湾国立中央大学大学(NCU),京都大学(京大),東京工業大学(東工大)の3大学の学生が参加する標記joint seminar (以下,joint seminarと略記)を行ってきました。joint seminarの開始当初は,3月にNCUにおいて,1日程度かけて地震関連の研究発表会と1日半程度のfield tripを行っていました。3月は日本の学生にとっては学年の終わりにあたるため,ある程度研究成果がまとまっている時期でそれらを発表するのに都合が良い時期なのですが,NCUの学生にとっては年度の途中であり,研究成果を発表するには必ずしもよいタイミングではありませんでした。
そこで,平成19年より3月のNCUにおけるセミナーに加えて,台湾での学年末にあわせて7月に京大桂キャンパスを会場としたjoint seminarを行うこととしました。桂キャンパスは京都市中心部の吉田キャンパスから工学系の大学院が平成19年に新たに引っ越してきたもので,京都盆地西側の丘陵地に広がるできたてのピカピカのキャンパスです。平成20年7月22日には京都での2回目,通算で5回目のjoint seminarが開催されました。
本稿では,今年7月のjoint seminarの様子を簡単にご紹介します。平成19年度には桂キャンパスができたてであったこともあって,研究発表会に加えてキャンパス内の実験施設等の見学を行いました。今年は,京大宇治キャンパスの一部建物の耐震改修が終了したとのことでしたので,京大防災研究所の見学を行いました。だいたいのスケジュールは,午前中に京大防災研究所を見学,バスで桂キャンパスに移動して午後研究発表会,その後,研究発表会の会場で懇親会,夜は京都の町で学生さんどうして楽しく交流を深めてもらう,というものです。
宇治キャンパスでは,耐震改修のポイントなどを見てまわったのち振動台や地震観測システムなどの設備を見学しました。ただ,昔の宇治キャンパスの建物がどんなものであったかを知らないと,耐震改修による変化がピンとこなかったかもしれません。幸か不幸か,筆者は昔をよく知るためその変化には非常に驚きました。
その後,桂キャンパスに移動してメインイベントである研究発表会となりますが,京大の地震工学関連の先生方も数多く参加され,議論に加わっていただきました。今年は,京大から7件,NCUから4件,東工大から6件の発表があり,参加者も50人あまりで盛況でした。そのためか,あるいは,英語による発表ということもあってか,学生諸君はやや緊張の様子です。筆者も若かりし頃は英語で喋るというだけで緊張したものですが,今となっては彼らの初々しさがちょっと羨ましかったりもします(もちろん初々しくない人もいますが...)。発表の方は皆まじめに練習をしてきていてスムースに進むのですが,いざ質問の時間となるとやはりたいへんです。簡単なセンテンスでの質問でもなかなか通じなくて立ち往生することもあります。これが普通(大人向け?) の国際会議であったりすると,議論にならなくて困ったことになりますが,そもそも学生諸君は英語が苦手だろう,という前提でやっているセミナーですから,少々の立ち往生も本人にとってのよい経験であると考えています。
![]() 写真:京大防災研究所の地震観測システムの |
英語によるプレゼンテーションや質疑が滑らかにできることは,とてもすばらしいことですが,それがどのくらい出来ないのか,ということを自分自身できちんと認識することも重要です。これまで4年間joint seminarを続けてきて,少しずつ学生諸君も英語でコミュニケーションを取ることに慣れてきている,という印象を強く受けます。いささか手前味噌ですが,このようなセミナーを継続的に行ってきた効果が少しずつでてきていて,このような形での交流が特別なことではなく,日常的な出来事として自然にふるまえるようになったからかもしれません。
これまでは,英語で話す,英語で質問する,英語で議論する,というように英語そのものが目的化していたようなところがあります。これは,このような事業が日常化するまでの段階ではやむを得ないでしょう。しかし,私たちは既にそのステップを乗り越えて,英語で何を話すか,という本質的な部分が問題になる時期にさしかかっています。いくら滑らかに英語でプレゼンテーションが出来たとしても,つまらない中身ではまったく意味がありません。むしろ,非日本語圏の人々が日本語を勉強してでも○○さんの話を聞きたい,と思わせるくらいの中身で勝負したいものです。もちろん,その内容が日本語をわざわざ勉強してまで聞くに値するかどうかの判断がくだされるのは,多くの場合,英語による論文や発表に触れたとき,なのですが...。